プラセンタによる治療が益々発展してきている

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日本においての発展

戦後の時代になり、日本にはフィラトフ博士による冷凍皮膚移植という方法が導入されることになりました。
しかし、この方法を実施したところ、皮膚を切り取るときにその際の傷跡が残ってしまう、ということに問題がありました。
そこで、石灰する方法ではなく、血液に注目して注射を採用する方法の研究が行われたのです。

冷蔵血液から胎盤へ

冷蔵血液に注目が集まった時の方法は、血液を採取してそこにクエン酸ソーダを混ぜ、数日冷蔵してからふたたび注射をする、というものでした。
それが発展していき、胎盤治療へと移り変わっていき、新たな方法として浸透していくことになったのです。
当時の胎盤療法とは埋没法が主なもので、皮膚や血液ではなく胎盤を体の一部のどこかに埋め込む、という方法でした。
胎盤には、できるだけ新鮮で健康的なものでなければならないというのは意識されなければなりません。

日本での胎盤療法

日本の胎盤療法においては、正常分娩された胎盤を使ってこの療法を行っています。
HB抗原検査など数々のチェックを行い、正常と認められた胎盤を洗浄し、療法に使います。
ここで酵素分解法などの方法を用いてエキスを抽出し、一般的に使われる胎盤療法のプラセンタといわれるものになります。
胎盤は本来人間の体の一部ですから、体質を改善するために自然に近い形で取り入れられるというのは高い評価があるところです。

人間とプラセンタの関係

哺乳類には、出産後に自分の胎盤を食べるという動物がかなりいることをご存知でしょうか。
人間の場合には、社会生活を営む生き物であるため、本能的に胎盤を食べるという行為はしません。
しかし、人間にとっても胎盤が持っている力を利用するというのは十分に効果をもたらしてくれることなのです。

人間と胎盤の歴史

人間の歴史の中で、これまで胎盤を使ってきた歴史は、最古のものでは紀元前460年ごろにまでさかのぼります。
その時代のギリシャでは、体力回復のため、滋養強壮のためにこの胎盤を使うということがすでに行われていたのです。
他にも中国で、母胎から排出された胎盤を使って、これを乾燥させたものを秘薬として使うという文化が存在していました。
胎盤を使うことは、男性も女性もともに体力回復、疲労回復の効果があり、強壮剤としての効果は既に認められていたのです。

胎盤の使用方法

古くは胎盤をどのように使用していたかというと、乾燥させて粉末にして使われていたのではないかという説があります。
さらにその効果を高めるために、薬草とあわせて使っていたという工夫もあります。
日本においても使われており、研究が進められていき様々な症状に効果があると認められてきました。

漢方から現代医薬へ

プラセンタとして現在の使い方をされるようになったのは、1930年代に旧ソ連のフィラトフ博士によって、プラセンタ治療がはじめられました。
博士は、負傷した兵士の治療のために、プラセンタの切片を皮膚を切開しそこに埋め込むという治療を行ったのです。
もともと眼科医師であった博士は、角膜移植という発想からこのプラセンタ治療を思いついたといわれています。
そこから発展して、プラセンタを直接体内に注入する、注射としての療法へと発展していったといえるでしょう。

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